principe azzuro

題の意味は、「理想の男性」です。
直訳は、青い王子様。

イタリア語の授業で、この話をした。
テキストの中で、ルイスという悲しげな瞳のスペイン人と、ジョルジョという、万年笑顔みたいな人のよさそうな、眉毛のつながったギャグばっかりいってそうなイタリア人をイタリア人女性が批評をしていた。イタリア人女性のジョルジョに対する、批評がこれまた大雑把にひどい。
ルイスは、かっこよくて知的で色っぽくてちょっと自信過剰っぽいけれど総合的にパーフェクトだけどジョルジョは、、、、、。
しゃべりすぎで、うるさくて、背が低くて顔は不細工で、ていうか、ぷちぶさいくでいい人だけど、気は弱くて,,,とかを残酷なまでに早口でまくしたてている。ルイスと正反対!とかいっちゃって。
でも、センシ―ビレよねえ。と。
センシービレ?センシブル?
それって、繊細とか、感受性がつよいって意味?
あれ、むしろ悪口つづいてる?

太ってて、うるさくてちょっと不細工で、感受性がつよい男って日本語なら、悪口じゃないですか?

でも、やっぱり先生は言う。

センシービレはいい意味よ!と。

映画とか芸術に感激したり、美しいものに涙をながしたり、それはひとの形容として、いい意味よ。と。

私の友人で、頭がよくて強くて働き者で、人の気持ちをすごく大切に出来て、勇ましい女性がいる。外国人の占い師にセンシブルといわれて、「はあっ??」とおもったらしい。
繊細じゃありませんけど!私は強い女ですけど!!!って。
英語でもいい意味かはわからないけど、その人の心の奥深さや、あの感覚の鋭さを言い当ててただけなのかもしれない。

センシービレがいい意味なんて!世界にイタリアがあって、イタリアの価値観があって、よかったとおもった。経済がよわかろうが、ちょっといい加減だろうが、あなたたちの価値観はすてきだ。私は完璧にイタリアにぞっこんです。今日は自家製サングリアを飲んでるのでちょっと雑です。てへ。自慢じゃないけどすごくおいしいです。

my twinkling eyes

仕事が終わり時間を確認する。

20:45。今から向かってももうねちゃうかもしれない。

私のトゥインクリングアイズ。

慌てて電話をする。

「お誕生日おめでとう!」

「うん」

「今日中に言いたかったから電話したんだ。」

「んふふ。    うん」

 彼女の「うん」の言い方がすこし照れくさそうで、ちょっとうれしくて
 恥ずかしいのが伝わってくる。

彼女の目はいつもきらきらしていてなんだかいっつもうれしそうだ。


 昔もっと遠くに住んでいたとき、玄関で靴を履いている間、たいちゃんはずっと下を向いていて、まつげはずっしりぬれていた。

 私はそんなに悲しんでほしくなくて、またすぐ会いに来るよといいたくて曲がり角でふりかえって「ばいばい」といった。

 そしたらたいちゃんは、 「そんなふうにばいばいっていってこっちをみて、たいちゃんはもっとかなしいんだ」
ってうえ〜って叫んで大声で泣いちゃったんだ。4さいのとき。

 フランスの下着のセットをプレゼントしたら、はずかしくて、頭をゴーんと机にぶつけてふせたままうごかなくなっちゃた。6さいのとき。

 フラフープがぐんぐんうまくなって、ゆきやこんこんを歌いながら長時間フラフープしてたとき、ちょっと天才かと思った。金魚しか出てこない絵本を書いたとき、とにかくちっちゃい金魚がいっぱいでその思い入れにちょっとびっくりした。こわかった。雲に乗ってくもを食べたことが無いっていったときびっくりしたら、ひろこちゃんは本当にあるの?ってしつこく聞かれてちょっと鋭いと思った。

 10歳おめでとう!
 素敵な10歳になりますように!

 I love you so much! キッス!キッス!キッス!

8月15日

父との歳が離れているせいか、今日の受け止めかたが、昔から同級生と少し違っていた感じがしている。

うちの父親は今年75才になる。靖国神社にも参拝にいく。終戦の歳に小学生だったらしい。父親の兄弟の中で、父は背がひくく、父の兄弟が長身でハンサムぞろいの中で、ばっちり見劣りしている。父は、自分の時だけ栄養事情が悪かったせいだというが、確かに友達もみな小さめだ。

戦争については、いつもわからない。体験してないし、本を読んでも過去を今の常識で解釈するのは難しい。

戦争自体はたくさんの人が死ぬ悲惨なできごとだし、肯定したことはない。日本が戦争したこと、たくさんの人が死んで、たくさんの人が殺しあったこと、目の前で死んで行く人を見なければいけなかったこと。悲惨で辛かっただろうと思う。

10才で、死が身近にあったこと。家族や友達の誰かが明日から会えなくなっても不思議でない緊張感にいたこと。いざとなったら母親や女兄弟を守ろうとしたこと。国が負けて何も無くなった経験をしたこと。

父親の九州男児ぶりや、父親からみて、深刻に生きてないようにみえる人に疑問を持っても仕方のないことなんだろうと思う。

戦争をおこした人の中に、間違いがあったとしても、今の私より、大分若い年齢で、家族を守るために、日本が勝つことを望んで死を覚悟で戦った人に対して、手を合わせます。

昨日イタリア在住の日本人やイタリア人と人種差別に対して話をした。ヨーロッパでアジア全体をちょっと差別したとしても、日本人にはあまり差別を感じないらしい。確かに、民族として、「劣っている。下品だ。信用できない。」と思われていないことを感じることは多かった。

戦争を始めたときには、西洋から見れば、アジアの野蛮国の一つに過ぎなかった日本が、今はアジアの中ではあまり差別を受けない国になったこと。

終戦後の何もないところから、世界中の食べ物が集まる国になったこと。本気でその時の惨めさと悔しさを乗り越える努力をした日本人が大勢いたことに、心から感謝したいと思います。

ヨガの効用

30歳をすぎると、体型も一筋縄じゃいかなくなって、よくわかんないラインを描く。残念ながら。
「ここ盛り上げなくてももっと盛り上げるとこがあったでしょ。」なんて正論は通じない。おとはずしまくって気持ちよさそうに歌う陽気な音痴みたい。

ヨガはありがたいことに、その気まずさから来る不安や恐怖から解放してくれる。不安定な女心をばっちり守ってくれるわけです。体型なんてたいしたことじゃないとは言い切れない女子のお守りのようなものなんだと思う。

でも、ヨガを始めて5〜6年経って、もっと大切なヨガの効用について、少し気づいてきた。ヨガでは、「自分の心、気持ち、詰まってる感じのするところなんかを善悪の判断はせずにじっくり眺める。」ということをする。慣れてくると、「なんか一筋の強い怒りみたいのがあるなあ。」とか「なんかこまかくちりばめられた、希望とか、走り出しそうなわくわくがあるな。」とか「なんだかやるきなくて少ししずんでるなあ。」なんてことがわかるようになった。それから、ヨガでは「歯を食いしばって息を止めてがむしゃらになるのではなくて、自分の呼吸を確かめながら、ちょうどいい居場所を探すことが大切」となっている。

毎日毎日やってると、(よくさぼるけれども)自分の喜び、心の満足がどのあたりにあるのかが見えてくる。

もっと慣れてくると、何をしていくとその満足にたどりつけるのか優先順位も見えてくる。

「心の中の不安や焦り」をやみくもに追い出すでもなく、たとえていうなら「肩を組んで仲良くする」ようなことが出来るようになるんだと思う。

最近、幼児虐待や無差別殺人の事件をみて、もし犯罪者の人に会うことがあれば、とりあえずヨガを薦めてみたいと思った。そういう人たちが皆、変質的なド変態だったら話はべつなんだけれど、心の中の不安や恐怖、劣等感、エゴなんて誰にでもある感情が、自分がすることが他人をどんな目に合わせてしまうかが想像できなくなるほど爆発してしまったということなら、残酷な話だとおもう。

「情けはひとのためならず」じゃないけど、いいことをすると自分にも返ってくるように、いやなことをするとやっぱりそれも返ってきたり、いいことをされると自然と人にいいことができたり、いやなことをされると、やっぱり簡単にいやなことをしてしまったり、虐待を受けた子供が大人になると虐待してしまったり、、、
私がその人たちに薦めることがあるとすれば、
「何か自分が楽しいこと、心地いいこと、わくわくすることを見つけてその時間を増やすようにちょっとやってみて」っていってみたい。
ヨガとか、瞑想とか座禅とかなんかいろいろ流行ってるけれど、何にも判断しないでまずは自分の気持ちを眺めて見ることが役に立つんだろうとおもう。満足できるものがどこにあるのかまずは探して、他人の価値観の合間を切りぬけて、自分の人生をしがらみや世間の価値観から解放できるなら、ヨガの効用は絶大だとおもう。心の自立をした上で手をつなぐって素敵だと思う。(かるくつけたしておく)

でもなあ、この間、ヨガを三十年以上やっててヨガの先生の資格をもつ、70歳ぐらいの女性と話したんだけれど、びっくりするほどセレブ話が大好きでエゴの塊みたいな人だった。周り全員しらけさせてた。ヨガ、役に立たないのかもしれません。

ヌテッラ

ヌテッラを買った。
へーゼルナッツとチョコレートのペースト。パンに塗って食べる。

イタリアでホームステイしてたときに出されたんだけど、最初は朝から甘いもの食べることが
あんまり腑に落ちなかった。

ある日、ホームステイ先のマンマがパンに大量のヌテッラを塗りながら、「ドルチェビータ!!」といってとろけるような甘い顔をして私と目を合わせて大笑いしてた。

「ドルチェビータ」の直訳は「甘い人生」で、フェリー二の映画のタイトルになっていて「自由に気ままに生きる」みたいな意味らしく
他の人が嬉しそうに言っているのも聞いた。ホームステイ先のマンマは迫力系女子で朝から首に大きな金鎖をしていて遊びに来た私の友達は、「彼女、マフィアの女?」ってこっそり聞いてきたこともある目力と何よりもあご力が最強の女性だったんだけど、、、

ちなみに彼女の名前は「アントネッラ」といってアントニオの女バージョンの名前なんだけど

声は女の人としては日本では聞いたこと無いくらい低くて、タバコばっかり吸ってたんだけど

そのときのマンマはきれいだった。笑顔が嬉しそうで、心からうっとりしていて私は思わず笑ってしまった。美人の絶対条件は強いあごですっていわれたら信じたと思う。
いやいや、むしろ今でも女の美しさは迫力が大事ですって言われたら、今でも私は大いにうなずく。

なんとなく今まで甘いものに対して抵抗があったのは、「苦しさに耐える」ことを一番の美学のように信じてたからなのではないかとふと思った。

そう考えて見ると、自分の人生を自分の責任で幸せにするために必要な努力をすることと、人に認めてもらうために、努力して苦しんでいることをにじませるのはすこし違う。

まえは「甘いものに、何の意味があるの?」っておもってた。

とにもかくにも

朝の睡眠から目覚めてすぐに、甘いもので人生にうっとりするのは、イタリアから盗んだ、一日をわくわくさせる魔法です。

ちなみに、私は着物が好きで年に何回か着るんだけれど、つねに極道風になるので、そのたびに「あんたら覚悟しぃ〜や〜」って連呼するんだけど、姪にしかうけたことがない。マフィア話にちなみました。

ちなみに、写真は朝ごはんを食べながら見てた風景です。

やったー!

日本の強さとあきらめない気持ちとチームワークと技術と信じる力と作戦と全部が全部すきだ。髪型が変とか、もうそういうこと言いません。

オランダ人の友達さえ、日本の快進撃がすごくいいといってくれてました。つばさが生まれた国だもんねってさ。うれしいなー!

チーズオムレツヨーグルト

ジョギングをした!
「西の魔女」の中で、魔女になるにはまず基礎体力をつけなければいけないという話が出てくる。

早寝早起きと運動が大事で、夢をかなえるには強い意思が必要だというくだりがあって、影響されてしまった。案の定!

だって(?)村上春樹の何が好きかって、主人公があんなに深い精神世界を突き詰めても、早寝早起きして体鍛えて、おいしそうなパスタ作ってるとこなんだもん。私はその健全な強さにいつも一番ぐっときている。

普通あんなに、自分の状況や周りのことを突き詰めて考えてたら、日常生活から離れてしまう人は多いのに、早寝早起きと運動とおいしいご飯を自分で作って、突き詰めながら、ガンガンガンガン進んでいくような、村上春樹の主人公の勇ましさに惚れ惚れする。

で、パスタゆでると電話かかってきて、「やれやれ」ってでるとこもいい。

ジョギング楽しかった!

ジョギングするために早起きできるように、すごいおいしい朝ごはんの材料も買っちゃったんだ。

すごいおいしいヨーグルトと、パンとチーズと蜂蜜と、チーズオムレツとトマトと、すごくおいしくいれたコーヒー飲んで新聞2紙読んじゃった。

走ってる最中もオムレツの焼き加減考えながら、スピード上げたりしてました!

ぐはははっ!